8月 12th
554 リアクション
  • "女性と口喧嘩して相手を追い詰めると論点と全く関係の無い「普段から思っててなかなか言えないけどこの流れなら言えるアナタの嫌なところTOP50」を詳細なエピソードを交えながら洗いざらいぶちまけてくれるので今後の反省材料になる"

  • 8月 12th
    540 リアクション
  • "まず大きな問題は、他者とのコミュニケーションにおいて、
    議論の「内容」を通り越して、
    あまりにも「心理的」な反応をすることで
    コミュニケーション自体を不成立に至らせてしまう傾向だ。

    あまりに使い古された表現で言うのも憚られるが、
    「意見の批判は人格の否定ではありません!」というお題目が指し示す通り、
    主張や議論の「内容」自体とその主張をする人間の人格の好悪とは何の関係も無い。
    論理展開の誤りや事実誤認、論点の見落としなどを指摘する行為に、
    「ポジティブ」も「ネガティブ」もない。
    逆に言えば、いくら議論でコテンパンに「敗北」したとしても、
    それはあなたの存在そのものが否定されたことではなく、
    あなたが「人格を否定された!」と感じ「傷つく」理由はどこにもない。


    そして、そうした事実の正誤判定や論の妥当さの検討は、
    発信者のバックグランドや人格、動機や事情を全く知らない
    「赤の他人」であっても同じ土俵の上で行うことが可能であり、

    一度自分の口から何かを発信した以上、その主張は
    いつ何時、あらゆる人からの批判や検討の目を浴びる
    可能性があるのは当然なことであって、
    それが<自由>な議論ということだ。

    自分が<自由>に発信をしたいというのなら、
    同じように他者から<自由>な反論が来ることを
    覚悟しなければならない。

    ところが昨今多く目につくのは、
    その人の人格とは関係ない(従って傷ついたり怒る必要もない)
    議論の「内容」自体に対する批判の意見を受けたということだけで、
    「自分にネガティブな感情を抱いている」
    とか
    「自分は嫌われ者だ」
    という風な感情的な反応をしてしまう人がいること。

    また、そういった反応をしてしまう当事者以上に問題なのは、
    その人の「取り巻き」が勝手に当事者のための「正義の代理人」となり、
    「アンチは相手にしちゃ駄目ですよ」
    といったそそのかしをすること。


    主張の「内容」自体に関する批判や反論は
    活発に行われてしかるべきだし、その議論が
    元の主張をより妥当性の高いものへと発展させる
    役割を担うこともあるわけで、それは決して
    批判を受けた本人にとっても「ネガティブ」で
    忌避すべき出来事ではないはずだ。

    それなのに、自分が発した主張の内容に責任を
    負わず、他者の意見に耳を傾けることすら放棄し、
    ○:「ポジティブ」 ×:「ネガティブ」といった「心理的」な反応を
    してしまうことは、非常にもったいないことだと思う。





    更にタチが悪い場合は、
    議論をシャットアウトするだけに飽き足らず、
    コミュニケーションが成立しない理由を、
    議論そのものではなく、
    年代や所属といったその人のバックグラウンドであったり、
    批判を加えた人を「無礼」だとか「悪人」だとか言って
    その人のパーソナリティの問題に帰結させようとしてしまう。

    相手が「人間的」に問題ありだということにしておけば、
    「そんな相手とは対話や議論をするつもりはない」といって
    議論そのものから逃避することが出来る。

    しかし、そのような「敵」「味方」のラベリングを繰り返して
    自分に近しい「味方」だけの意見を聞いているだけでは、
    議論の「内容」を批判検討して主張や見解を更に深める機会を
    自ら捨てることとなってしまう。

    僕がこの事態を最も憂慮するのは、
    最も多くを吸収し、成長する可能性を秘めた
    若者世代(自分も若いんだけど)に
    このような他者不在のコミュニケーションの癖が染み付いてしまい、
    視野を狭めてしまうことであり、
    それがソーシャルメディアによってますます助長されるのではないかということだ。

    若者世代がよく、若者を理解しようともせずに凝り固まった偏見のもとに
    若者世代を批判する年長者のことを「老害」と表現するが、
    その一方で自分自身も年若くにして「老害」と同類の存在に
    なってしまっているような同世代をちらほら見かける。

    彼らは、「インターネットで個人がフラットにつながる時代だ!」と、息を巻きながらも、

    自分に同調する者以外は「今の時代や価値観が分かっていない、遅れた人」と
    ラベリングして見下し、排除してしまう。

    だがそれは結局、「フラット派」の彼ら自身が世代間対立を再生産する行為であり、
    彼らが攻撃するところの「老害」と全く同じ特徴である、
    視野狭窄と他者への不寛容の発露でしかない。






    最も下品なのは、
    「心理」や「人格」を理由に
    他者と交わり議論を闘わせることすら避けている人間が、
    「世界を変える」などという大義名分を掲げて好き放題をすることだ。

    世界は自分を中心に回っているのではない。
    自分が存在するのと同じだけの重みで他者も存在しているのであり、
    自分に好き嫌いや意見があるのと同様に、
    自分以外の他人も好き嫌いや意見を持っており、
    当然それが自分と異なる可能性もある。

    しかし、上記のように「心理的」「人間的」な
    過剰反応でもって他者をシャットアウトし、
    自分と異なる意見を持つ他者と交わることを避け続けた人間は、
    その過程でどんどん「世界」を狭く、小さなものへと貶めてゆく。

    そしてそれと反比例するかのように、自分と同調する者だけを
    便利な道具のようにコレクションし、屈折した自我を肥大化させてゆく。

    肥大化した自我が子どもっぽい征服欲と結びついた時に
    生まれやすいのが、「世界を変える」とか「社会を良くする」といった
    耳障りの良い大義名分である。
    しかしその者が言う「世界を変える」とは、
    自分の都合の良いように世界を塗り替えたいという意味に過ぎず、
    そもそもの「世界」認識が貧弱なのだから、
    それは結局多くの他者の共感を得られないし、歓迎されることもない。

    ところが勘違いが留まるところを知らないと、
    「変革者は大衆の共感を得られない」
    とか
    「10年先に自分が正しかったことが分かる」
    とか
    「だから今自分が嫌われるのは仕方ない」
    などと言って、ついには自分を悲劇のヒーローに仕立て上げるのだ。


    やってる本人は気持ち良いのだろうけど、
    残念ながらそれは、裸の王様だ。
    それは、ただのマスターベーションだ。


    自分以外の他者と向き合い、痛みを引き受ける覚悟を
    持たない人間に世界を変えることなど出来るはずがない。





    今回上記のようなことを書いたのは、
    当事者であるイケダさんや高広さんよりむしろ
    お二人のフォロワーの中で、
    非常に大人げなく、稚拙で、下品な発言をする人が
    けっこうな数で見られたからだ。
    (冒頭紹介したtogetterまとめに限らず、
    その後しばらくの日々において)

    そしてその中に、自分と同じ若者世代の人間の
    発言も少なからずあったことに危機感を覚えたからだ。


    この記事を通して誰か特定の個人を攻撃するつもりは毛頭無いが、
    議論を健全に闘わせ、発展させるため、
    あるいは自分と異なる他者と認め、共存するために
    最低限必要な姿勢すら共有出来なければ、
    ソーシャルメディア上の言論の未来は暗いと言わざるを得ない。

    先達の営みを引き継ぎ、次代を担う若者の一人として、
    また実際にソーシャルメディアをかなりの頻度で利用し、
    そして多くの恩恵や希望も得ている人間の一人として、
    問題提起をさせていただいた。"

  • 8月 12th
    874 リアクション
  • "金箔の貼られた屏風なども、上からの照明で見ると背景が黒く沈んでしまいます。けれども、屏風と云うものが置かれた環境を考えた時、上から照明が当たることは本来考えられません。昔は天井に照明はありませんから、基本的には昼は窓から、夜は燭台からの横に入ってくる光の下で見たはずです。横から光を当ててみると、金箔と云うのは透けて見えるのです。
     これを美術館で体験するには、しゃがんで見るのが一番です。少し見上げるようにして見てみると、光の入射角が変わって、途端に金がふわっと明るくなります。奥行きが出て、一種のイリュージョンのように感じられるはずです。"

    『ヘンな日本美術史』 山口晃 祥伝社 P78 (via manmaruhana)

    (webstockerから)

  • 8月 10th
    1,431 リアクション
  • "

    日本人が優しいのは遺伝子に原因があったのではないか


    だから、多くの国で、自分の友人や親族の誰かが殺された経験を持っている。

    女性も、殴られたり、レイプされたりする率は非常に高い。その殺され方も日本人が見ると、想像できないほどの残虐性である。だから、多くの外国人女性が日本にやってきて、日本の治安の良さに驚嘆する。

    「いったい、日本はなぜこんなに治安が良いのか?」

    日本がこれほどまで治安が良いのは、いろいろな説があるが、端的に言えば、日本人が穏やかで優しい民族だからである。

    では、なぜ日本人は穏やかで優しいのか。

    日本人は文化や風習や自制心によって、その優しさを磨いてきたという説もあった。

    最近になって、日本人が優しいのは遺伝子に原因があったのではないかという説が有力視されつつある。

    1996年11月、オーストリアのザルツブルク大学の科学者が、「セロトニントランスポーター遺伝子」というものを発見した。

    これは、セロトニンの伝達に関連する情報が書き込まれた遺伝子なのだが、この遺伝子は、恐怖を強く感じるか、それほど感じないかを司る遺伝子だったのだ。

    この遺伝子の組み合わせによって、人は恐怖を強く感じたり、それほど感じなかったりするのである。これが、人種によって違っているのが明らかになった。

    image
    世界では何かあると暴動や暴力や破壊が発生する。日本でも暴動が起きてもおかしくない案件が山ほどあるが、ほとんどの日本人は我慢する。

    日本人は圧倒的なまでにSS型で占められている


    「セロトニントランスポーター遺伝子」のタイプは3つあったのだが、この3つのタイプで恐怖を感じる度合いが違ってくるのである。

    3つのタイプとは以下のものである。

    LL型 恐怖に鈍感
    SL型 恐怖に中立
    SS型 恐怖に敏感

    人種によって、どのタイプが多いのか分布がまったく違っていることが分かっている。恐怖に敏感なSS型が、その人種でどれくらいの割合で存在しているのかを調べたデータがあるようだが、それによると、以下のようになっていたという。

    南アフリカ人 32%
    ドイツ人 64%
    インド人 67%
    日本人 97%

    日本人は圧倒的なまでにSS型で占められている。ほとんど全員がSS型と言ってもいいほどだ。

    恐怖に敏感であるということは、悪いことのように見えるが、実は厳しい環境の中で生き残るためには欠かせない重要な要素である。

    恐怖があるから、慎重になり、それゆえに生き残りやすい。また、環境の変化に敏感で、トラブルが起きる前に回避してしまう行動を起こすから、結果的に社会は安定したものになる。

    つまり、優しい社会になる。

    このSS型が世界で最も多いのが日本人であるとすると、日本人は、遺伝子レベルで優しさが組み込まれていたということになる。日本人の優しさは、先天的なものであり、天性のものだったのである。

    image
    2011年3月11日の東日本大震災という未曾有の震災に見舞われても、略奪も暴動も起きず、日本人同士で助け合った。震災よりも、日本人の態度に世界は驚いた。

    集団で相手と対抗するというのは、重要な知恵だった


    「セロトニントランスポーター遺伝子」のSS型が多いというのは、個体としては弱いということを意味する。

    恐怖を感じやすいというのは、すなわち激しい主張、激しい暴力、激しい対立、激しい交渉は苦手だということだ。それは日本人の社会を見ても納得できるものがある。

    諸外国の厚かましさは、日本人から見れば想像すらできない「野蛮な世界の住民」にしか見えない。

    インド人はSS型が67%だから、優しい人も意外に多いように見えるが、日本人から見ると、そのインド人ですらも野蛮人か原始人のように見える人が多い。

    それほど、日本人は優しい。

    だから、この弱さを克服するために、いろいろな方法が日本では考え出された。集団を作り、常に集団で相手と対抗するというのは、その中でも最も重要な知恵だった。

    個人と個人なら、どうしても勝てない。しかし、個人と集団であれば、集団の数が大きければ大きいほど勝てる。

    日本人が集団で生きるのが当然のように考えるのは、逆に言えば集団でなければ勝てないことを自覚しているからだ。

    この集団は、互いに気配りするために非常にまとまりが強い。長期に渡って、ひとつの目標に向かって進むことができる。だから、集団になった日本人は異常に強い。

    集団になった日本人の強さは時に伝説を生み出すのは、日本人ひとりひとりが弱さを克服するための集団であることを意識しているからだ。

    逆に言えば、集団から外れて、ただの個人となった日本人は、とても弱い可能性が高い。

    日本に自営業の人が外国に比べて少ないのも、個人であることの弱さを認識しているからであると言える。

    そんな世の中で、もし日本人のあなたが一匹狼として生きるのであれば、個体としての弱さを克服するために、何らかの知恵が必要になるということだ。

    そうしないと、一方的にやられてしまう可能性がある。"

    日本人が優しく、個人が弱いのは、遺伝子に原因があった? (via sqiz)

    (via book-cat)

    (webstockerから)

  • 8月 10th
    396 リアクション
  • "

    漫画内に、著者の鈴木みそ風の人と、KADOKAWA擁するエンターブレインの漫画雑誌「コミックビーム」の編集長との会話の中に次のような記述がある。わかりやすいように会話者の名称を「鈴」「編」で入れておく。

    『編:昔のファミコン時代のマンガ ありゃ個人出版しない方がいいと思う

    鈴:え?

    編:ゲーム関係は今すげえうるさいのよ みそ吉さんが描いていた頃とは比べ物になんねえ ゲームキャラいじったりそのまま出したりしてたろ?

    鈴:陰毛生やしたり?

    編:うちからも電子版出そうとして動いたんだけれども やめたのはなぜかってーと 訴訟リスクな 会社の法務がやめろってくらいアブねえもの みそ吉っつあん個人で出してトラブったら とぶぜ?

    鈴:な・・・なるほど』(「ナナのリテラシー 1巻」より)

    "

  • 8月 9th
    632 リアクション
  • "

    10  あいピー(dion軍) :2011/02/17(木) 22:13:42.41 ID:SpTD8h4H0

    真にネトウヨが戦うべき国は中国や韓国なんかじゃなくロシアなんじゃないか?

    380  ちかまる(チベット自治区) :2011/02/17(木) 22:36:58.02 ID:kvTKPMPQ0
    »10
    ロシアを徹底的に叩いてもネトウヨとは言われない
    一方、中韓をほんの少しでも叩くとネトウヨと連呼される
    つまり、ネトウヨという言葉は親中韓が言い出したことなんだろう
    "

  • 8月 7th
    892 リアクション
  • "

    姉の「妖怪ウォッチのジバニャンの、ドラえもんとピカチュウの良いとこ取りしたようなデザインからは、凄まじい金の匂いがする」という言葉が頭から離れない。

    "

  • 8月 7th
    1,946 リアクション
  • "来日した米国の友人が言ったこと。「公共機関などの表示に何故こんなに韓国語や中国語が多いの? その代わりに日本の小さな子供たちのために、むしろ『ひらがな』の表記をしてあげるべきじゃないの? 」 外国人にまで指摘される程、目に余っています。"

  • 8月 6th
    92 リアクション
  • "お前らは過去に女性との交際経験があることを理由に自分が気持ち悪くないと主張するが、そもそもお前の付き合っていた女は気持ち悪いのだ。気持ち悪い男と気持ち悪い女がひっついて気持ち悪い体液を交換していただけなのでやはりお前らは気持ち悪い。"

  • 8月 6th
    1,725 リアクション
  • "NHKで「プロジェクトX」という人気番組があった。そこで紹介されるプロジェクトは、ほとんどすべてが突貫工事と長時間労働のドラマだった。視聴者に、あたかも、突貫工事と長時間労働こそが素晴らしい製品を生み出すかの誤解を与えるものであった。 あの番組を見て違和感を覚えたエンジニアは多いはずだ。私が駆け出しのエンジニアの頃上司から受けたアドバイスは、あのような番組を真に受けるなということだった。"

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